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2.旧NASDA在籍中の研究・業務
旧NASDA在籍中の主たる研究・開発業務の対象は月周回衛星(SELENE)です。SELENE開発に関わる諸課題の中で最初に取り組んだ問題は、月着陸ミッションの航法・誘導・制御です。航法・誘導の誤差解析をとおして、着陸マヌーバ開始時の軌道推定誤差が支配的な誤差源であることを明らかにしました。また動力降下・垂直降下をとおした着陸シーケンスの検討の中で、この誤差が高度計の使用可能高度範囲の仕様を強く制約することを明らかにしました。さらに、制御系関連部分を中心に着陸機のシステム検討に加わり、そこで得られた知見をもとに月着陸の技術課題とSELENEでの対処方法、次号機以降への指針の形でまとめました。その後、月着陸ミッションはSELENE計画から分離され、SELENE-Bとしてミッション検討が別途継続されました。
SELENE計画当初から取り組んできたもうひとつの問題は軌道計画であります。SELENEは旧NASDA初の深宇宙ミッションであり、月遷移軌道の設計方針、ロンチウィンドウに対する制約とその設定方法、遷移軌道上での誤差修正量の算出方法等の基本的問題から考え方を整理しました。また、この検討の中で、月周回軌道で分離される小型衛星(リレー衛星)の軌道推移についての解析を進め、その軌道が地球重力による摂動の影響を強く受け、その影響の様子が打上日ごとに異なること、結果的にこのことがロンチウィンドウを強く制約する要因となることを明らかにしました。軌道計画に関するもうひとつの大きな検討項目として月周回軌道の問題があります。高度100kmをとぶSELENEの月周回軌道は、非対称で複雑な月重力場による摂動を受け、複雑な挙動を示します。この環境下で適切な高度を維持するための軌道制御計画と制御量を明らかにする必要があり検討を進めました。その結果、月周回軌道の複雑な挙動が、重力ポテンシャルZonal項による長期的な運動と、Non-Zonal項によるひと月単位の運動の組み合わせとしてとらえられることが明らかにし、効率的な軌道制御計画の立案方法を確立しました。その他の軌道計画に関する研究項目として、SELENEの月遷移フェーズにフェージング軌道を適用する検討をおこないました。フェージング軌道を採用することにより、充分な幅のロンチウィンドウを確保しながら、遷移軌道投入時、あるいは月周回軌道投入時の条件を最適化することが可能となり、月周回軌道投入時点で100kg以上の重量メリットが得られることを示しました。その後、平成17年度の計画変更の結果、SELENEの月遷移においてフェージング軌道が採用されることになりました。
SELENEの着陸ミッション分離後は、周回衛星の姿勢軌道制御系の検討・開発にたずさわり、その後、他の電気系サブシステム(通信系、データ処理系、電源系、太陽電池パドル系、モニタカメラ系)の開発、他システム(追跡管制、H2Aロケット)とのインタフェース、衛星運用検討等、衛星システム全般に担当範囲を広げました。
旧NASDA在籍中の研究・開発業務の中で、SELENEにつぐウェイトを占めたのは、次期月探査機の高精度着陸技術の研究です。この研究は、SELENE着陸ミッションと併行して検討が進めらました。次期月探査機では、SELENEで考えられていたようなシンプルな着陸方法ではなく、より本格的な着陸探査を想定した高精度で安全な着陸を目指していました。検討の中で、高精度な着陸を実現するためには航法誤差の抑制が必要であり、SELENEで得られる月面地理情報と着陸機が取得する画像/高度情報を照合する月面相対航法が必要であること、また、安全な着陸を実現するためには画像、あるいはレーザーレンジファインダー等による直接測距による障害物検知が必要であることを示しました。これら次期月探査機の着陸技術の研究は、月着陸航法研究会等をとおして旧ISAS、旧NAL他の幅広いメンバーとともに検討が進められました。なお、SELENEの着陸ミッション分離後は、SELENE周回衛星の開発に業務の中心がうつり、次期月探査機の研究からは離れました。

その他の旧NASDA在籍中の研究・開発業務としては、他の研究者との共同研究を中心とした新規・将来ミッションの研究があります。「ふろしき衛星」は、大面積膜の四隅を小型の衛星が担って軌道上に広げることにより、宇宙空間で大面積を必要とするミッションを実行するシステムであり、宇宙空間での膜の挙動、その運動の制御方法、システム設計等について、東京大学と共同研究を進めました。「NCSS(ノンクリティカル衛星システム)」は数十程度の要素からなる超冗長化により1点故障でシステムがダウンしないようなシステム構想です。システム構成、NCSSに適した小型機器や重要技術の同定等について、東京大学、衛星メーカーで研究会を構成し検討を進めました。深宇宙探査ミッションへの電気推進の利用に関連して、太陽極観測ミッションへの適用を想定したフィージビリティ検討をおこない、ミッション実現のための必要条件を明らかにしました。関連して、最適制御理論に基づく電気推進を用いた探査機の軌道計画について横浜国立大学と共同研究を進めました。最後に、社内の共同研究として、将来の月利用シナリオのひとつとして、月で収集したLOXを地上/LEO間の再利用型輸送機の帰還用酸化剤として用いるサイクルについて、その実現性を検討しました。

宙航空研究開発機構
宇宙科学研究本部

川勝研究室(宇宙航行システム、月・惑星探査)

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